‘喜代子の折々’ カテゴリーのアーカイブ

鬼アザミ

2020年7月31日 金曜日

アザミ

鬼薊と勝手に呼んで、そのたくましさに出会うたびに吃驚していた。大きさだけではなくその棘で人が刺せそうな鋭さなのである。子供がうっかり倒れ込んだら大怪我になりそで、草花などとは侮れない植物である。

今日改めて鬼薊をネットで調べてみた。鬼薊は本当の名はモリアザミと言い、巷には育たないという。写真のアザミは外国から紛れ込んできた別種で、モリアザミと勘違いしてはその根を食べてはいけないようである。

7月も終わりかけている。コロナの猛威は収まりそうにない。今日は400人を超えるらしい。ににんの編集も、このコロナ禍のお陰で集まらなくても熟せる方法をいろいろ習得した。

作今、ズームとかリモートとかで人が集まらないでも世の中が回るようになってきた。しかし、それが先行して、校舎を持たない学校なんか出来るようにならないことを願う。ににんの今回の兼題は「反対」だ。

ゴーヤ

2020年7月30日 木曜日

IMG_0692昨年までは連れ合い任せのゴーヤだったが、今年は自分で植えてみた。と言っても何処へ延ばせばいいのかわからない。植えた場所が木犀の木の隣だったので、放っておけば木をよじ登るだろう。そうさせないためにベランダから何本も綱を垂らしてその綱へ誘導した。ようやくベランダに届いた。何個か収穫もできた。やれば出来るもんですね。

東京が今日のコロナ感染367人。恐ろしいはずなのに実感がない。周囲で見たこともないし、コロナ禍で大惨事になったという実態はテレビの中だけのようにも思えてしまう。それでも毎日毎日コロナにかかった人がいる。大昔、スペイン風邪も今回のように多くの人が亡くなった。

島村抱月もスペイン風邪で亡くなった筈である。須磨子はその抱月の詩集を纏めるべく原石鼎を訊ねてきている。今まで、どうして石鼎を訪れたのか分からなかったが、島村抱月は島根県生まれというところに鍵がありそうだ。大正7年のことである。

一ケ月振り

2020年6月30日 火曜日

きのこ34

           きのこ2peg

家から出られないときには、近所の土手を歩くのが唯一の外出だったので、ブログを開くひんども多かったが、解除とともに日常が戻ってきて、今日の更新は一か月ぶりの書き込みになった。ども、時間に余裕がないと書くのも億劫になるようだ。

友人との定例吟行も久しぶりだったが、あまり遠くへは行けないので、府中にある郷土の森へ出かけた。梅雨茸がこんなに大きくなっていた。大国魂神社に回ってコロナ禍の日々がはやくなくなるように祈ってきた。

ということで、私にとって、ブログはどうしても必要というものでも無いようだ。

秋が来たようだ

2020年5月31日 日曜日

日課にしている散歩道の土手には、いろいろな草花が生えている。ひとくちに雑草と呼んではいるが、透明感をもった芳しい草原になていた。その一つずつに身を寄せてみると、名前のわからない草花にも趣があった。
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それがこの数日のうちになんだか秋の気配を感じるような色合いを帯びてきた。もう枯れ色になっている。例年の普通の変化なのだろうか。

写真の真ん中を占めているのは青葦である。それだけが真っ青で、他とは明らかに違う。これから花をつけ筈である。葦の花、という季語があるが、意識してその花を見たことがない。今年は葦の花をしっかり眺めて覚えることにしよう。

日課

2020年5月24日 日曜日

毎日日課になってしまった黒目川沿いの散歩、今日は市の運動施設「わくわくドーム」まで足を延ばした。二キロ強はあるのかもしれない。現在はコロナの影響で施設は閉鎖状態が続いている。

往復の距離を考えると、なかなかそこまで足を延ばせないのだが、今日は地元の野菜を販売していた。I5gatu花が売っていたので色違いを二束買ってきた。最近よく見かける花だが、名前がわからない。

緊急事態宣言があってから、急にこの川沿いの土手が混んできた。家族連れ、夫婦連れ、わたしのように一人で黙々と歩く人、腰を下ろして読書する人、マラソンする人といろいろだ。

いろいろな人たちが行き交うが、みんなこんなところでも歩いているしか、行き場所がないのである。生涯に初めての体験である。

見知らぬ野の花

2020年5月17日 日曜日

みしらぬはな  毎日の散歩のほとんどは、土手伝いに気の向くまでを歩いて引き返してくる。いまの季節は、雑草が瑞々しくて、いろいろな花が咲く。

色が異なるのですぐに目につく花だが、なんという草なのかわからない。最初からこんな色で咲くので、一本でも見つけやすい。花は踊子草のような形。新芽のときから、この不思議な色をしていて、最後までこの色のままである。

写真にあるのは、一本だったが、5,6本ずつ群れていることのほうが多い。

マスクと10万円

2020年5月3日 日曜日

今日は駅前に用事もあったので、スーパーの買い物も済ませてきた。日曜のせいか人が多くて、少し危険を感じた。いつものマルエツスーパーで三つ葉が一箱百円の値がついていた。何度も見直してから一箱買ってきた。

きっといろいろな事情でたくさんの三つ葉が昨日の市場に出荷されたのだろう。今夜は三つ葉づくしといこう。と言ってもおひとりさまごはんだが、とりあえず庭の柿若葉で柿の葉寿司を作ることにした。鮭もあることだし。

マスクも10万円もまだ入手してはいないのだが、わたしとしては今回のコロナ禍を伝えるために保存しておこうと思う。

そしてもうひとつの10万円、これもわれわれのような年金暮らしのものまでというのは、勿体ない気がする。出来たら10万円を有効に使いたい。たとえば、辞退した人たちのお金で人口呼吸器を買うことにする、というような具体案が出れば、即応じてもいい。

日課の散歩道

2020年4月28日 火曜日

黒目川 外出が罪悪感を感じさせる今日この頃ではあるが、家の中の行動範囲では病人並みだ。毎日日課のように散歩するのは、家から5分ほどの黒目川の土手歩き。行けるところまで行って帰ってくる。

いまは土手を覆う若草が瑞々しくて摘めるものがあれば摘みたい気分である。山菜天婦羅なんていうのもいいなーと思いながら、摘めそうな草を目で拾う。

蓼の新芽が行く先々にある。蓬も丁度摘み頃、少し前ならからし菜の花もよかったかもしれない。そんなことを思いながら橋をいくつもやり過ごす。

結局、何も摘まずに帰ってきた。要するに野草を摘んで天婦羅を作ろうとするための弾みがないのである。ひとりの食事作りにかなり慣れてはきたが、料理を作る弾みというのは、おひとりさまごはんでは生まれないのかもしれない。

2020年4月15日

2020年4月14日 火曜日

このところ、毎日毎日風が吹く。散策には少し強すぎるなあと恨めしく窓の外を眺めている。それでも朝の日差しは変わらない。部屋一面の朝日が騒がしく、しばらくは隣接の書斎でパソコンに向かう。
朝日1」書斎では、書こうと思いながら手を付けられなかった「鹿火屋」に拠った人々の糸口を見つけることが出来た。

宅急便がきて開けてみると5年分ぐらいになりそうな短冊だった。丁度日差しが後退してきた居間で、お茶しながら、早くこの短冊を使う日がくればと願うばかりである。

「ひとりお茶」しながらそこで、今度は友人と課している俳句を作る。この友人との俳句作りも30年以上になるかもしれない。相手をしてもらえる人がいるのは、ありがたいことである。

疲れたときには、寝室で横になって本や新聞を読む。目的ごとに家の中を移動しながら、なんと穏やかな日々なんだろうと錯覚している。

椿の新種?

2020年4月7日 火曜日

椿
もう忘れるくらい年月の経った椿の木がある。はじめは鉢で育てていたのだが、開花と同時に錆てしまう。真っ白でいるのはほんのニ、三日。鉢植えでは栄養が足りないのかもしれないと、庭に植えなおしてみた。しかし、もうそれからでも10年以上は経つとおもうのだが、一樹が真っ白な花でおおわれることはない。

見事な大きな椿の花なので、なんとも惜しいと思って、椿の前に立っては、どうすれば錆びないでいてくれるのだろうとうち仰いでいた。大地に植えなおしてあげたのだから、少しは変化があってもいいではないかと思うのだが、鉢植えの時と全く変わらずに錆色の大輪をぼたぼたと地上に落下させるのである。

手のひらからあふれそうな大きな花で、写真に収めてみればまるでこの錆色が本来の色なのかとも思えそうな不思議な色だ。もしかしたら、新種なのかもしれない。茶色だから枯れをイメージしてしまうのだが、案外いい色ではないか。

椿と言えば、昨年の夏だったか、水上の若山牧水の足跡をたどった時に「椿の家」と呼ばれている家で、昼食をご馳走になった。大きな椿の木が目印になる家だったが、秋だったので花は見られなかったが、妖艶な雰囲気を醸し出す椿の木だった。何時か、満開時に花を見たいと思っている。

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