坪内稔典句集『水のかたまり』  2009年5月刊 ふらんす堂

  七月の水のかたまりだろうカバ

句集名は上記の句から採られている。この時期、カバを訪ねる旅をしていたのだという。「カバ」と「俳句」がある種の調和というかバランスのようなものを感じてきたから,とあとがきにある。以前から、捻典氏の俳句は「何だか面白い」という印象で捉えていたが、その表現になる軸が今回の一集から感じられる。

    十二月ベンチはすでに鰐である

例えば句集の最初のページにある句。ベンチから鰐へはすぐに連想が繋がる。「梅咲いて庭じゅうに鮫がきている」の兜太の作品よりもはるかに明確に。

    春暁のころがっているねんてん氏
    父と子ところがっている桜雨
    磯巾着になろうか昼をころがって
    天然の男がごろり文旦も
    ころがして仏頭を彫る冬の虹
    ころがって朱欒と猫とあの野郎

ここに稔典氏の俳句思想があるのではないか。まさに「ころがり思想」がある。「父と子ところがっている桜雨」の図など、いい風景である。「取り合わせ」を主張していたような気がするが、それは、

    象がふと横歩きして牡丹雪
    寒晴れの日だった象の尻見てた

今回の句集からは、唐突にも見える取り合わせは見つけられなかった。言うなれば、日常の視点が動物たちへずらしているのだ。動物に視点をずらすことで、非日常に行き易い。

    多分だが磯巾着は義理堅い
    蟻たちにないはずはない耳二つ
    カント氏の窓半開き揚羽来る
    冬晴れて首から歩くキリンたち
    ふきげんというかたまりの冬の犀

とにかく楽しい句集だ、「俳句は楽しくなくては」と坪内稔典氏は言っているだろう。

コメント / トラックバック2件

  1. acacia より:

    ご無沙汰してます
    坪内稔典の句、以前から気になるし、ユーモアたっぷりで、面白い句ですね、、
    動物園で作った句なのでしょうね、
    「寒晴れの日だった象の尻見てた」
    ころがってるといえば思い出します
    義理の父は厳格な人で、義理の母はちょっとユニークな人で、
    その父が母が直ぐねっころがるのを嫌がり、
    皮肉めいて「又ころがってる!」と言ってた事を懐かしく思い出しました。

  2. acacia さん
    ほんとうに面白いですね。捻典さんは、たぶんあまりに気真面目な俳句に
    抵抗しているのだとおもいます。なにか、ゆったりした空間が詠まれていますね。

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